核心インタビュー/世耕弘成・元経産相/「トランプ関税」交渉/国益守る「三つの急所」/「スコープ」「マンデート」「数字の見せ方」/聞き手 宮嶋巖

号外速報(4月30日 11:10)

2025年5月号 POLITICS [号外速報]

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世耕弘成・衆議院議員/1962年生まれ。早大政経卒。参議院議員(通算5期)。内閣官房副長官、経済産業大臣などを歴任。2024年衆議院議員初当選(無所属)。

第1次トランプ政権時、経済産業大臣(2016年8月~19年9月)として、ウィルバー・ロス商務長官、ライトハイザーUSTR代表と向き合い、3年にわたる厳しい日米貿易交渉を経験した世耕弘成衆議院議員に、この「国難」を如何に乗り越えるか、ご持論を伺った。

――赤澤亮正経済再生相が、関税交渉担当相に指名された翌日(4月9日)、ご自身の日米貿易交渉の経験を踏まえ、「トランプ関税」交渉の矢面に立つ心構えとノウハウを伝授されたそうですね。

世耕 いや、伝授とかおこがましい。単なる経験に基づくアドバイスにすぎません。

赤澤大臣とは2月に会食し、私が安倍首相下で官房副長官、経産相を務めた頃の政権運営について意見交換するなど気心が知れていました。

担当相を拝命した翌日でしたから、開口一番「えらいことになりました・・・」とおっしゃるのも無理はない。自民党と霞が関には日米貿易交渉の幾多の歴史と経験、知恵とノウハウの蓄積があり、それが我が国の強みです。赤澤大臣一人で立ち向かうわけじゃない。

私自身も日米貿易交渉を振り返り、役に立ちそうなことを端的にお伝えしました。「国益を背負って、国難打開の対米交渉に臨むのは政治家冥利じゃないですか。誰もが応援していますよ」と申し上げました。

貿易交渉の場で「持ち帰ります」は禁句

米ホワイトハウスがネット上に公開したトランプ大統領と赤澤担当大臣の歓談風景

――どのようなアドバイスをされたのですか。

世耕 まず、第1次と第2次トランプ政権は、そもそも前提が全く違うという話をしました。第1次政権時の我々のミッションの一つは、TPPから離脱したアメリカをできる限り多国間交渉の枠組みに引き戻し、中国を牽制することでした。当時も手間と時間はかかりましたが、まだアメリカが多国間の枠組みに入って来る余地があった。

ところが第2次政権は全世界を相手に2国間交渉をやり始めた。多国間ではなく全てディールだから、第1次政権とは全く違う。

しかも、トランプ大統領は言うことがころころと変わり、関税交渉のゴールは、一体どこにあるのか? それを知るのは大統領だけであり、ベッセント財務長官、ラトニック商務長官、グリアUSTR代表でさえわからないのかもしれません。どこからどんなタマが飛んでくるか予見困難だから、誰が拝命しても至難の関税交渉です。

そのことを前提に、一般論として、まず初めに「スコープ」をしっかり決めることが肝要ですと申し上げた。最初の1、2回はお互い腹の探り合いですが、相手方と今回の交渉対象は何か、こういう問題や争点はあるが、何とか合意をするんだという交渉範囲(スコープ)を決めなければなりません。このスコーピング(交渉範囲のピン止め)を間違えると、交渉が無暗に拡散し、不利な状況に陥ることがあります。

スコープを決めたら、その範囲をどこまで譲れるのか、逆に絶対に譲れないものなのか、きちっと決めておかないと失敗します。そして貿易交渉における禁句は「持ち帰ります」です。これを言った途端に相手にされなくなります。

言葉を換えれば交渉当事者が「マンデート」(権限)をしっかり持ち、その場で「私の責任で何とかしましょう」と応じるか、「それは絶対に呑めない」と突っぱねるか、どちらかを選ぶのです。

国益を背負った閣僚同士が対峙する交渉の場で「持ち帰ります」は通用しません。こうしたマンデートを明確にするには、石破総理の元に赤澤大臣だけでなく、経産相、財務相、農水相、そして防衛相らが集まり、どこまで譲れるか話し合い、きちっと情報共有する必要があります。

自動車への25%追加関税引き下げを要求するには、アメリカの貿易赤字を減らす努力が必要です。日本は何ができるのか。知恵を絞らなければなりません。報道を見ている限り、農水相の動きが見えません。国内対応を迫られる可能性が高い農水省はどうなっているのか、少し心配です。

振り返って安倍政権下のTPP、日米、日EU交渉の時は国内対応の秘密会合を頻繁に行い、場合によっては首相自ら「ここは、ちょっと譲れよ」と仰ることもあり、「あれは譲ってもいいが、これは絶対にダメ」というマンデートを、総理の元で関係閣僚が緊密に情報共有していました。

何を言われてもじっと耐えるしかない!

国賓として来日したトランプ大統領を迎賓館に迎える世耕経産相(当時、2017年11月6日)

――「スコープ」「マンデート」に続く急所は?

世耕 トランプ大統領が求めるのは「利」ですから「数字の見せ方」に工夫することも大切です。

第1次政権の時も大統領も自動車関税を厳しく突き付けてきました。僕らは各企業がこれから米国で投資する金額と発生する雇用の数を掘り起こし、一覧表ではなく、アメリカの地図上に絵を描いて、ラストベルトのここにもそこにも工場が建つ、雇用がこんなに増えると、安倍総理に何度も説明してもらいました。

安倍さんは「大統領にパッと見せて印象付ける地図は賑やかなほうがいい」と、新たな計画を描いた地図の上に、過去の実績を載せて作り直すように指示したり、数字の見せ方にすごく拘っておられました。

米軍の駐留経費引き上げも前回と同じ要求です。例によって大統領がバーッと文句を言うわけですが、安倍さんが「いやいやドイツの負担率は30%なのに日本は70%ですよ」と切り返すと、「ドイツにも請求するが、日本もどれだけ増やせるか数字を出してくれ」と食い下がる。「しかし、米軍をカリフォルニアに置くより日本に置いたほうがコストは安いですよ。電気代も水道代も全部払っていますから」と言うと、「あ、そう」ともう言わなくなったり、その辺の駆け引きは、安倍さんはうまかったですね。

――安倍総理は大統領就任前のトランプ氏をわざわざ訪ね、金色に輝くゴルフクラブをプレゼント。それ以降は二人でゴルフを楽しむ仲になり、無類の信頼関係を築きました。

世耕 赤澤さんも初対面の大統領に黄金色の「ミャクミャク」を手渡し、大統領のサイン入りの「MAGA」キャップをプレゼントされ、大統領執務室でそれを被って愛嬌を振りまいた。予期しなかった大統領との面談を和気藹々と乗り切り、上々のスタートだと、私は思います。

「へりくだりすぎ」と貶す人もいますが、貿易交渉は結果が全てです。途中で交渉内容を話せるわけがなく、何を言われてもじっと耐えるしかありません。私は「スコープ」と「マンデート」と「数字の見せ方」に注力して、政府・与党が総力戦で臨めば、必ず活路が拓けると思います。

「赤澤大臣がアラスカへ」のパフォーマンスも!

日本が初めて議長国を務めたG20大阪サミットで(2019年6月)

――先頭バッターに日本が選ばれたことを、どうご覧になりますか。

世耕 これは喜んではいけない気がしますね。日本は絶対に報復しないから与しやすしと見られていないか――。日本を相手にガチッとアメリカに有利なまとめ方をして、それを他の国に当てはめていくという戦略が見えますからね。

本当は対米交渉慣れしているカナダとか英国を先に立てて日本は3番目か4番目ぐらいがよかったんじゃないかと。ここが、ちょっとした懸念材料の気がします。

――希代のパフォーマーの大統領が喜ぶようなタマを投げ返せるか、知恵の出しどころですね。トランプ政権はアラスカの液化天然ガス(LNG)開発への日韓台の参画を求めていますが、元経産相としてどうご覧になりますか。

世耕 アラスカのLNGプロジェクトは現時点で採算が取れないと言いますが、長い目で見ると北極圏開発の重要な目玉となる可能性があります。ウクライナへの侵攻が続く現在は無理ですが、将来的には日米ロの共同開発プロジェクトに繋がる可能性も視野に入れておく必要もあります。

相手が稀代のパフォーマーなのだから、こちらもそれなりのパフォーマンスが必要です。官僚の意見を聞けば「関税とLNGは交換条件になり得ない」と、教科書通りの答えが返ってくるでしょうが、トランプ大統領を相手にするには政治的センスも重要です。

この際、赤澤大臣がアラスカのガス田まで出かけて行って、「これは可能性のあるプロジェクトだ。日本として真剣に投資を検討したい」とカメラの前で語れば、トランプ大統領の心が動くこと間違いなしです。

ASEANが真に信頼しているのは日本

ベトナムのハノイを訪問し、ファム・ミン・チン首相と会談した石破首相(4月28日、首相官邸HPより)

――日本が対米輸出に依存した成長を続ける限り、貿易摩擦は延々と続きます。内需を喚起しないと、日本がリセッションに向かう恐れはありませんか。

世耕 トランプ関税の影響で、グローバルな貿易が縮小するリスクがあります。これに備えて不景気を回避するには内需をしっかりと喚起していく必要があります。現在日銀は金融引き締めモードにありますが、貿易縮小とそれに伴う景気後退が見えてきたら迅速に金融緩和、減税、財政出動等を行うことが重要です。リーマンショックの時は世界に比べて日本だけが出遅れました。その轍を踏んではなりません。

――大型連休中に石破総理がベトナムとフィリピン、岸田前総理がインドネシア、マレーシアを訪問しますが、残念ながら習近平国家主席がASEAN各国を歴訪した後です。自由貿易の旗振り役として日本こそ前に出てほしいと思いますが、いかがですか。

世耕 少なくとも中国より先にASEANは歴訪して欲しかったですが、ゴールデンウィークの総理による歴訪が実りあるものになることを期待したいです。

ASEANは中国に大変気を遣いますが恐れてもいます。やはり真に信頼しているのは日本です。「日本が寄り添うので、この危機に共同して対処しよう」と呼び掛ければ、大いに安心するはずです。

EUとの関係も重要です。日本が結節点となって、EUとTPP、RCEP(ASEAN +日中韓豪NZの経済連携協定)を統合するという大きなグランドデザインを提示して、日EUアジアが協力して自由貿易体制を死守するという姿勢を示してはどうでしょう。

■聞き手 宮嶋巌 本誌発行人兼編集長

   

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