習慣化しやすく、減量・健康維持に優れたメリット。断食の効果を裏付ける研究成果が続々。
2025年5月号
LIFE
by 谷本哲也(ナビタスクリニック川崎院長)
百家争鳴のダイエット本
現代人にとり肥満対策を通じた健康管理は、生産性向上や長期的キャリアの成功に直結する重要な要素だ。百家争鳴の減量方法の中、内科専門医の私が数年来にわたり実践しているのは「16時間断食」だ。世界の医学界では、断食は科学的な減量方法として最も注目される研究分野の一つだ。単なる減量法を超え、健康とパフォーマンスを最適化する戦略ともみなされ、2024年の調査では米国成人の13%が何らかの断食法を試みた経験があると報告されている。
私が16時間断食を知ったのは、世界で最も権威ある医学専門誌の一つ『ニューイングランド医学誌』に19年12月に掲載された「間欠的断食」と題する総説論文を読んだことがきっかけだ。折しもコロナ・パンデミック初期の頃だが、私もご多分に漏れずその後コロナ太りを経験し、もともとの72kgの正常体重から84kgまで増加した。高血圧や脂質異常症も併発し、流石に放置できないと自覚した。そこで21年5月から始めたのが、間欠的断食の一種16時間断食なのだ。その後、約4年行っているが、今のところほとんどリバウンドなく72kgの健康体重を維持できている。
16時間断食とは、1日のうち16時間は断食し、残りの8時間の間に食事を摂る方法だ。朝食を抜くか夕食を早めに済ませるスタイルが一般的である。食事の時間帯は生活様式に合わせて調整が可能で、朝7時から午後3時、朝10時から夕方6時、昼12時から夜8時など、個々のライフスタイルに適した方法でよい。
従来、断食は宗教的儀式や民間療法とみなされてきたが、近年、医学的メカニズムや効果を裏付ける研究が急速に進展している。断食中は血糖値が低下し、インスリン分泌が抑えられることで脂肪細胞がエネルギーとして利用されやすくなる。長時間の断食では肝臓でケトン体が生成され、脳や筋肉のエネルギー源となるほか、成長ホルモンの分泌が増加し、筋肉の維持や脂肪燃焼が促進される。また、慢性炎症が抑制され、心血管疾患リスクの低減にも寄与する可能性が示されている。
16年にノーベル賞を受賞した大隅良典氏の研究によれば、断食によってオートファジー(細胞の自己修復機能)が活性化し、老化防止や疾患予防に関与することが示唆されている。基礎研究レベルでは、細胞の老廃物除去やストレス耐性向上に貢献し、断食による代謝の変化が長寿関連のシグナル伝達経路を活性化させる可能性も指摘されている。動物研究では、カロリー制限をしたマウスが約10%長寿命となり、食事のタイミングを最適化した場合には35%も寿命が延びたことが報告されている。さらに、マウスでは学習能力や記憶力の向上が観察され、脳由来神経栄養因子の増加なども確認されている。
基礎研究に加え、ヒトを対象とした臨床研究の成果も近年次々と発表されている。16時間断食を行ったグループが通常の食事グループより3~8%の体重減少を示し、インスリン感受性の向上といった効果も示された。複数の臨床試験において、16時間断食が体重減少に効果的であることが示され、2~3カ月間の継続で体重の約3%の減少が期待でき、肥満者を対象とした12カ月間の試験では、7~9%の減量が確認された。
また、16時間断食はインスリン感受性や血中脂質、血圧の改善にも寄与するとされている。ただし、これらの改善の多くは体重減少によるものであり、脂肪量が減ることでインスリンの働きが向上する可能性が高い。16時間断食が特別にこれらの指標を改善するわけではないが、体重減少や食事内容の改善を通じて間接的に影響を及ぼすと考えられている。主な利点は、摂取カロリーの自然な削減にあり、平均425kcalの摂取カロリー減少が観察されている。こうした「無意識のカロリー削減」が、減量効果の主因となっているのだ。
16時間断食は、一般的に健康成人にとって安全であり、最大1年間の臨床試験でも深刻な健康被害は報告されていない。しかし、いくつかの副作用も指摘されている。最も一般的な副作用は、空腹感やイライラだ。断食時間中に空腹を感じやすく、エネルギー不足や集中力の低下を伴い、私自身も経験したが、最初の2、3カ月を乗り切れるかどうかが鍵である。この状態に適応できれば、空腹感は軽減する。長期的には気分への悪影響は確認されておらず、睡眠の質にも影響はないとされる。適切な水分補給やブラックコーヒー、茶の摂取が空腹を和らげるのに役立つ。
頭痛やめまい、便秘もあるが、これは血糖値の変化や脱水に関連することが多い。私も起立性低血圧による失神や難治性便秘を実際に経験した。水分をしっかり摂り、無理をしすぎないことが重要である。16時間断食がきついと感じる場合は、最初は12時間の断食から始め、徐々に時間を延ばすのも一つの方法である。
栄養不足についても注意が必要だ。すでに特定の栄養素が不足している人にとっては、食事回数の減少がその不足を悪化させる可能性がある。特にビタミンやミネラル、カルシウム、鉄分が不足しないように、食事の質を重視することが重要である。減量に伴い、ある程度の筋肉も失われる可能性があるが、適切なたんぱく質摂取と筋力トレーニングを組み合わせることで防ぐことができる。なお、断食で毛髪への栄養が不足するという研究もある。注意すべきは、すべての人に16時間断食が適しているわけではなく、成長期の青少年、妊娠中・授乳中の女性、低体重の人、摂食障害の既往がある人、糖尿病患者(特にインスリンを使用している場合)、重度の心疾患や肝・腎疾患を持つ人は対象外だ。心血管系リスクを指摘する研究も発表されている。
16時間断食は、従来のカロリー制限と同等の体重減少効果を持ちながら、カロリー計算の必要がなく、シンプルなルールで継続しやすい点が特徴である。一方で、少量を頻繁に食べる習慣がある人にとっては、従来のカロリー制限のほうが続けやすい場合もある。また週に2日極端にカロリーを制限する5:2断食法もあるが、極端な空腹日を辛く感じる人には向かない。最終的なカロリー削減量がほぼ同じであれば、継続しやすいかどうかが選択の鍵となる。
16時間断食は「日々のジョギング」のように習慣化しやすい。さらに、地中海式や低炭水化物ダイエットなどの栄養重視の食事法と組み合わせることで、食事の質を向上させながら食事量を抑える方法として活用できる。食事の質を無視すると栄養が偏る可能性があり、逆に健康的な食事でも摂取カロリーが多すぎると体重は減らない。16時間断食は食事量をコントロールする手段として活用するのが望ましい。
16時間断食は決して新しい概念ではない。人類史を振り返れば、狩猟採集時代から近代までは1日3食の習慣がなく、長時間の断食は自然だった。また、イスラム教のラマダンや仏教の精進料理、キリスト教の断食など、多くの文化で健康や精神性を高める手段として断食が実践されてきた。産業革命以降、1日3食が標準化されたが、医学的エビデンスというより、社会的な慣習に過ぎない。現代の日本社会では24時間いつでも安価な食事にアクセスできる環境が整い、過剰なカロリー摂取が問題となっている。健康寿命の延伸が求められる中で、最適な食事方法を見直すことは必然の流れである。
以上のように16時間断食は万人向けではないが、ビジネスパーソンにとっても効率的な減量・健康管理の手法として有望である。通常のカロリー制限と比べ継続しやすく、脂肪燃焼や健康維持に優れたメリットがある。最新の科学研究や医学的メカニズムもその有効性を支持しており、実際のデータでも効果が確認されている。現代のライフスタイルにも適応しやすいこの食事法を取り入れてみてはいかがだろう。